視力回復センター ルナージュ四日市(三重)            店長ブログ   〜回復の軌跡と思い〜
視力回復センター・ルナージュ四日市店に通われている会員の方々の視力回復経過や      視力上三&スタッフの思いや感動の記録です。 視力回復を通して、広げようキラキラの輪!

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こころ温まる話 その5

今回ご紹介したいと思った「こころ温まる話」は、
こころのチキンスープ2 ― 生きることは愛すること (ダイヤモンド社 刊)
の中で紹介されている「天国と地獄」というショートストーリーです。

やはり、友人から教えて頂いた話で、ダイヤモンド社から出版されているこの本は、
大人気のシリーズものだそうです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478731039/ 


ひとりの男が天国と地獄について神様と話をしています。
神様が男に言いました。

「こちらについて来るがよい。地獄を見せよう」

二人が最初に入っていった部屋には、人間たちが、煮物の入った大きな
鍋を囲んで座っていました。
全員がひどくお腹をすかせ、生きる望みもすっかりなくしたように見えます。
皆、スプーンを鍋に入れては煮物を口に運ぶのですが、スプーン柄が腕よりも
長くて口に届きません。
その苦しみようと言ったら、それはひどいものでした。

「さあ、今度は天国を見せよう」しばらくすると神様が言いました。

 二人がつぎに入っていったのは、先ほどとまったく同じような部屋でした。
煮物の入った鍋、そして柄の長いスプーンがあり、人間たちがいました。
ところがこの部屋の人たちはお腹も十分に満たされ、その顔は幸せに輝いていたのです。

「どうしてなのでしょう?私にはわかりません」とその男は言いました。

「なぜここにいる人たちはこんなに幸せで、さっきの人たちはあんなに惨めなの
でしょう?条件はまったく同じだというのに!?」

 神様はほほえむと、「それはとても簡単なことだ」と言いました。

「ここにいる者たちは、お互いに食べさせ合うことを学んだのだ。
 ただ、それだけの違いなのだよ。」 


 アン・ランダース

こころ温まる話 その4

今回ご紹介するお話はご近所のお坊さんからお聞きした「家庭円満の素」というお話です。

 ある町に2軒の家が隣り合わせに建っていました。
 一軒の家は7人暮らしでしたが、いつもにぎやかで一家団欒の楽しそうな声が絶えませんでした。
もう一軒の家は3人の家族なのに、毎日ケンカが絶えず、面白くない日ばかりを送っていました。

 どうして隣はいつも睦まじく暮らしているのだろうと、3人家族の主人が、隣の家にそのわけを
聞きに行きました。
 「あなたの家はいつも仲良く暮らしているのに、私の家ではケンカばかりです。
 どうしてなのでしょう」

すると、隣の家の主人は言いました。

 「それはあなたの家が善人ばかりの家だからでしょう。
 それに比べて私のところは、悪人ばかりの家だからなんですよ。」

 その意味が理解できないので、3人家族の主人はさらに聞きました。

 「どうしてもよく分かりません。悪人ばかりの家だったら、余計にケンカが絶えないはずですし、
逆に善人ばかりだったら仲良くするはずですよ。」

 「いえ、そんなことはありません。たとえば夕飯のおかずが少なく、ご馳走じゃないとします。
そんなとき、妻がこんなものしか作れなくてスミマセンと言い、私は自分の稼ぎが少なくていつも
悪いなと言い、両親はいやいや、私達がいるから、おかずが少なくなって申し訳ないと言い、
子供は学校の帰りが遅くなり、お母さんの手伝いができなくってごめんねというんです。
つまり、みんな自分が悪いと思っているので、ケンカしようがないのです。
それに対して、あなたの家ではおそらく、みんな自分は善人だと思っているから、
それぞれ自分の非を認めたがらないのでしょう。」

 それを聞いて、訪ねてきた主人は返す言葉がありませんでした。

 この話は、善人と悪人の見方を違った角度からとらえています。
 自分を善人だと思っている人は、得てして人の悪いところが目につくものです。
 人の振り見て我が身を正すのだったらいいのですが、人の振り見て腹が立ったり、
優越感を覚えるとなると、悪人ぼこりならぬ、善人ぼこりになってしまいます。

自分も結構いい加減な人間だ、と自省することも必要ではないでしょうか。

こころ温まる?話 その3

いつものごとく、まずは下記のお話をお読みください。
友人から聞いたフィリピンに伝わる物語です。


昔々、こんもり茂った森に、ウサギとサルが住んでいました。
ある日、一人の旅人が道に迷い、その森にやってきました。

日が暮れたので、旅人は野宿することにします。
けれども、たいへん疲れていて、木に寄りかかったまま動けません。

見慣れない旅人に驚き、初めは遠くから警戒していたウサギとサル
ですが、少しずつ近づいては様子をうかがっていました。

旅人がひどく疲れているのを知ると
ウサギとサルは、心配になって
なんとか元気づけてあげようと考えます。

さっそくサルは木に登り、いろいろな実や果物を採ってきては、
旅人に食べさせてあげました。

ウサギは木に登ることができないので、
一生懸命に枯れ枝を集めて焚き火をします。

けれども、ウサギは自分がたいしたもてなしができないのを
申し訳なく思い、赤い目をさらに赤くしてこう言いました。

「わたしは、おサルさんのように、
 あなたにさしあげるものを集めることはできません。
 
 でも、わたしができるたった一つのご馳走をさしあげます。
 どうかそれを食べて、元気を出して旅を続けてください」

言い終わると、ウサギは焚き火の中に身を投げたのです。


旅人は驚きつつ、深い感動と感謝で涙を流しました。
そして、いっしょに泣いていたサルに言いました。

「実は、わたしは月に住む者です。
 
 王様から、生きる者にとって何が一番大切なのか、
 という問題を出され、答えられなかったので、
 地球に旅に出されたのです。

 そして、その答えを探すために何ヶ月も歩きまわり、
 疲れ果てて道に迷い、この森に辿り着きました。

 でも、今、わたしは感動のうちに涙を流しています。

 この涙は、今までわたしの心を閉ざしていた暗い幕をひらき、
 心の目を開けてくれました。

 わたしは今夜、やっと故郷の月に帰ることができます」

 そう言うと、ウサギの亡骸を胸に抱き、光の中を月に向かって
 昇っていきました。

 ・・・というお話です。

 さて、皆さんは、この話を読まれてどのように思われましたか?

 何も、まだ付き合いの浅い旅人のために自分の身を捧げなくても・・・。
 随分、自虐的で破滅的な話だななあ〜、まるで戦前の特攻隊じゃないか!

 そのような感じ方をする方が大半ではないかと思います。
 私も、そのうちの一人です。

 ただ、この話には強い裏メッセージが隠されているのかもしれません。
 ウサギが焚き火の中に身を投げたのは、極端ですが、
 例えば、「情けは人の為ならず」ということわざがあります。
 このことわざの意味は間違った解釈がされていますが、情けは人の為に
 ならない・・・という意味ではなく、情けは人の為ではなく、自分の為で
 ある・・・というのが本来の意味です。

 人に愛「情」を持って接すること(自分を犠牲にして相手を助けること)は、
 時には痛みを伴うかもしれないが、いずれ自分自身のためになる…
 ということなのでしょうね。

 相手の痛みを自分に置き換えて考える(接する)ことが稀薄になってきて
 いるような気がします。
 1日1日が大事です。今日も一生懸命頑張ろう!

十人十色…。人の価値観も様々。

まずは、以下の話を読んでください。

ある農夫が息子とロバをつれて、畑から家路についていました。
その農夫は一日の労働を終え、満足気にロバの背にまたがっていました。

すると、近所の知り合いがそれを見て彼をなじりました。
「いったい何だ!自分だけロバにまたがって、子供はどうでもいいのか!」

そこで、農夫はロバから降りて、息子をロバに乗せました。
少し行くと、一人のおばさんが、それを見て怖い顔をして叫びました。
「どうしたことでしょう!お父さんを歩かせて何も思わないの!
 なんて親不孝な息子なんでしょう」

そこで、息子はロバを降りて父親と歩きはじめました。
すると、誰かが思わせぶりに言いました。
「やさしい人達だこと…、。ロバが疲れてはいけないとでも思っているのね?」

どうしていいか分からなくなった二人は、二人ともロバに乗って行くことにしました。

家までもう少しのところまで来ると、苦しそうにしているロバを見て、
誰かが大声を上げました。
「おまえら、犬畜生にも劣る奴らだ!
 かわいそうに、ロバは今にも倒れそうなのが、わからないのか!」

・・・というお話です。

結局、何をしても、誰かの無理解や批判というのは、あるわけです。。
人によって経験も違えば、知識や情報も違い、立場や見方が違うわけです。
そして、無理解や批判は、人様のために正しいことをしていてもあるものです。


マザー・テレサもそうです。

彼女は、インドのカルカッタで、死ぬそうな貧しい人びとの世話をするために、
「死を待つ人の家」を作ったとき、快く思わない人が大勢いました。
路上で死んでいく人たちの世話をできる施設をつくりたいと市役所の役人に
かけあったところ、提供された場所が、ヒンズー教の大寺院の中の一部だったからです。

ヒンズー教の人々は眉をひそめました。
「わしらの神聖なる寺院で、カトリックの修道女が何をしているんだ!」

それ以後、罵詈雑言を浴びたり、石を投げられたりなどは、マザー・テレサに
とって日常茶飯事でした。
中には「殺してやるぞ!」と口走る男もいました。

そういうとき、彼女は一歩もひかず毅然として言い返したそうです。

「どうぞ、殺したいなら殺しなさい。でも、私が死んだあとは、
 あなたがたがこの施設での仕事を続けてください」・・・と。

視力回復についても、同じような誤解や無理解があるような気がします。
疑心暗鬼の方ほど、ルナージュに来てほしいですし、、視力回復の理由や
独自の技術にぜひ、触れてほしいと思います。

セカンドオピニオンという言葉は適切ではないかもしれませんが、
色々な回復センターへ行かれて判断されるのが一番です。

〜こころ温まる話〜 その2

〜 母親の愛 / ドイツ人の母のお話 〜


このお話は、日本に住むドイツ人の神父さんの子どもの頃のお話です。

その神父さんは、7人兄弟で、皆、男の子…、わんぱくで、
いたずら好きな子どもたちばかりだったそうです。

あるとき、お母さんが8人目の子どもをお腹に宿したのですが、
大変な難産となりました。

「中絶すれば、母親は助かるが、生めば、母親の命は助からない」
そう医師から宣告されます。

子どもは、一番上が12歳、下の子に至っては1歳でした。
母親を必要とする小さな子どもたちばかりです。

彼女は、ずいぶん悩みました。
愛する夫と相談し、祈り、そして決断し、7人の子どもたち全員を
病室の枕元に呼んで、こう言ったのです。

「お母さんにはね、いよいよ神様のお呼びがきた。
 それが神様のお望みだから、お母さんはお応えしなくっちゃ。
 
 でも、お母さんのことは、心配しなくていいんだよ。
 もうすぐお母さんは、天国に行くのだから。
 
 お母さんは、おまえたちのような子どもに恵まれて、
 とても幸せだった。そして、天国でも幸せだからね。
 
 さみしがってはいけないよ。
 泣いてはいけないよ。

 お母さんは、いつも、どんなときも、
 神様といっしょにおまえたちのそばにいるし、
 おまえたちを守っているからね」
(そう言いながら、このお母さんはきっと陰で泣いていたと思います)

7人の子どもたちは、やがて立派な大人となりました。
その後、戦争が始まり、兵隊として戦地に送られましたが、
戦後、奇跡的にも全員が無事に帰国できたそうです。

かの神父さんも、戦地で敵に捕まり、銃殺刑にかけられたことがあります。
目隠しをされ、仲間が一人ひとり銃声の後、次々と倒れていきます。

「いよいよ、自分の番か」

もはや最期とあきらめたとき、自分の直前で、なぜか刑の執行が中止され、
救われたのだそうです。

その後、彼は「神父になって日本に行きたい」という少年の頃の夢を
ついにかなえました。

その陰には、彼の母親の死後20年間、彼の夢がかなうように毎日欠かさず
祈り続けてくれている母親がわりのシスターの存在があったそうです。

言葉どおり、彼の生みの母親も、天国から、
このシスター以上に守り助けてくれていたのは、間違いがありません。

ちなみに、母親の命と引きかえに生まれてきた赤ちゃんは、女の子でした。
その女の子は、6人の子どもの母親となり、
いまでは多くの孫に囲まれているそうです。

愛情深き一人の母親の命と思いは、幸福をたずさえて、
たくさんの人に受け継がれていくのですね。

ルナージュも、視力回復には技術的なことだけではなく、真心が大切だと
考えています。